茶の湯のこころ

利休100首

001その道に入らんと思ふ心こそ我身ながらの師匠なりけれ
002ならひつゝ見てこそ習へ習はずによしあしいふは愚かなりけり
003心ざし深き人にはいくたびもあはれみ深く奥ぞをしふる
004はぢをすて人に物とひ習ふべしこれぞ上手のもとゐなりける
005上手にはすきと器用と功積むと此の三つそろふ人ぞよく知る
006点前にはよわみを捨てゝたゞ強くされど風俗いやしきを去れ
007点前には強みばかりを思ふなよ強きは弱く軽く重かれ
008何にても道具扱ふたびごとに取る手は軽く置く手重かれ
009何にても置付けかへる手離れは恋しき人に別るゝと知れ
010点前こそ薄茶ににあれと聞くものを粗相になせし人はあやまり


011濃茶には点前を捨てゝ一筋に服の加減と息を散らすな
012濃茶には湯加減あつく服はなほ泡なきやうにかたまりもなく
013とにかくに服の加減を覚ゆるは濃茶たびたび点てゝよく知れ
014余所にては茶を汲みて後茶杓にて茶碗のふちを心して打て
015中継は胴を横手にかけて取れ茶杓は直に置くものぞかし
016棗には蓋半月に手をかけて茶杓は丸く置くとこそ知れ
017薄茶入蒔絵彫もの文字あらば順逆覚えあつかふと知れ
018肩衝は中継とまた同じこと底に指をばかけぬとぞ知れ
019文琳や茄子丸壷大海は底に指をばかけてこそ持て
020大海をあしらふ時は大指を肩にかけるぞ習ひなりける


021口広き茶入れの茶をば汲むと言ひ狭き口をばすくふとぞ言う
022筒茶碗深き底よりひき上り重ねて内へ手をやらぬもの
023乾きたる茶巾使はば湯をすこしこぼし残してあしらふぞよき
024炭置くはたとひ習ひに背くとも湯のよくたぎる炭は炭なり
025客になり炭つぐならばその度に薫物などはくべぬことなり
026炭つがば五徳はさむな十文字縁をきらすな釣合を見よ
027焚残る白炭あらば捨て置きて又余の炭を置くものぞかし
028炭置くも習ひばかりに拘はりて湯のたぎらざる炭は消え炭
029崩れたる其の白炭をとりあげて又焚きそへることはなきなり
030風炉の炭見ることはなし見ぬとても見ぬこそなほも見る心なれ


031客になり底取るならばいつにても囲炉裏の角を崩しつくすな
032客になり風炉のそのうち見る時に灰崩れなん気づかひをせよ
033墨蹟をかける時にはたくぼくを末座の方へ大方は引け
034絵の物をかける時にはたくぼくを印ある方へ引きおくもよし
035絵掛物左右むき向ふむき使ふも床の勝手にぞよる
036掛物の釘打つならば大幅より九分下げて打て釘も九分なり
037床に又和歌の類をばかけるなら外に歌書をば飾らぬと知れ
038外題あるものを余所にて見る時はまず外題をば見せて披けよ
039冬の釜囲炉裏縁より六七分高くすゑるぞ習ひなりける
040品じなの釜によりての名は多し釜の総名鑵子とぞ言ふ


041姥口は囲炉裏ぶちより六七分低くすゑるぞ習ひなりける
042置合せ心をつけて見るぞかし袋の織目たたみ目に置け
043はこびだて水指置くは横畳二つ割りにてまんなかに置け
044茶入また茶筅のかねをよくも知れ跡に残せる道具目当に
045水指に手桶出さば手は横に前の蓋とりさきに重ねよ
046余所などへ花をおくらばその花は開きすぎしはやらぬものなり
047釣瓶こそ手は竪におけ蓋取らば釜に近付方と知るべし
048小板にて濃茶を点てば茶巾をば小板のはしに置くものぞかし
049喚鐘は大と小とに中々に大と五つの数を打つなり
050茶入れより茶を掬ふには心得て初中後すくへそれが秘事なり


051湯を汲むは柄杓に心つきの輪のそこねのやうに覚悟して汲め
052柄杓にて湯を汲む時の習ひには三つの心得あるものぞかし
053湯を汲みて茶碗に入るゝその時の柄杓のねじれは臂よりぞする
054柄杓にて白湯と水とを汲む時は汲むと思はじ持つと思はじ
055茶を振るは手先をふると思ふなよ臂よりふれよそれが秘事なり
056羽箒は風炉に右羽を炉の時は左羽をば使ふとぞ知れ
057名物の茶碗出でたる茶の湯には少し心得かはるとぞ知れ
058暁は数寄屋のうちも行灯に夜会などには短檠を置け
059灯火に油をつがば多くつげ客にあかざる心得と知れ
060ともしびに陰と陽との二つあり暁陰に宵は陽なり


061古は夜会などには床のうち掛物花はなしとこそきけ
062古は名物などの香合へ直にたきもの入れぬとぞきく
063炉のうちは炭斗ふくべ柄の火箸陶器香合ねり香と知 れ
064風炉の時炭斗菜籠にかね火箸ぬり香合に白檀をたけ
065蓋置に三つ足あらば一つ足まへに使ふと心得ておけ
066二畳台三畳台の水指はまず九つ目に置くが法なり
067茶巾をば長み布幅一尺に横は五寸のかね尺と知れ
068帛紗をば竪は九寸余よこ幅は八寸八分曲尺にせよ
069薄板は床かまちより十七目又は十八十九目に置け
070薄板は床の大小また花や花生によりかはるしなじな


071花入の折釘打つは地敷居より三尺三寸五分余もあり
072花入に大小あらば見合せよかねをはずして打つがかねなり
073竹釘は皮目をうへに打つぞかし皮目を下になす事もあり
074三つ釘は中の釘より両脇と二つわりなるまんなかに打て
075三幅の軸をかけるは中をかけ軸さきをかけ次に軸もと
076掛物をかけて置くには壁付を三四分すかしおくことゝきく
077花見より帰りて人に茶の湯せば花鳥の絵も花も置くまじ
078時ならず客の来らば点前をば心は草にわざを慎しめ
079釣舟はくさりの長さ床により出船入船浮舟と知れ
080壷などを床に飾らん心あらば花より上にかざりおくべし


081風炉濃茶必ず釜に水さすと一筋に思ふ人はあやまり
082右の手を扱ふ時はわが心左のかたにありと知るべし
083一点前点つるうちには善悪と有無の心わかちおも知る
084なまるとは手つゞき早く又おそく所々のそろはぬをいふ
085点前には重きを軽く軽きをば重く扱ふあぢはひを知れ
086盆石を飾りし時の掛物に山水などはさしあひと知れ
087板床に葉茶壷茶入品々を飾らで飾る法もありけり
088床の上に籠花入をおく時は薄板などはしかぬものなり
089掛物や花を拝見する時は三尺ほどは座をよけて見よ
090稽古とは一より習ひ十を知り十よりかへるもとのその一


091茶の湯をば心に染めて眼にかけず耳を潜めてきく事もなし
092茶を点てば茶筅に心よくつけて茶碗の底へつよくあたるな
093目にも見よ耳にもふれて香を嗅いで事を問ひつゝよく合点せよ
094習ひをばちりあくたぞと思へかし書物を反古腰張にせよ
095水と湯と茶巾茶筅に箸楊枝柄杓と心あたらしきよし
096茶はさびて心はあつくもてなせよ道具はいつも有合にせよ
097釜一つあれば茶の湯はなるものを数の道具を持つは愚な
098数多くある道具を押しかくし無きがまねする人も愚な
099茶の湯には梅寒菊に黄葉み落ち青竹枯木あかつきの霜
100茶の湯とは只湯をわかし茶をたてゝ飲むばかりなる事と知るべし


101もとよりもなきいにしへの法なれど今ぞ極る本来の法
102規矩作法守りつくして破るとも離るゝとても本を忘るな





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